百田 尚樹 (ひゃくた・なおき)
1956年大阪生まれ。
同志社大学中退。
放送作家として人気番組「探偵!ナイトスクープ」など多数を構成。
2006年、『永遠の0(ゼロ)』で作家デビュー。
『ボックス!』で高校ボクシングの世界を感動的に描いて圧倒的な支持を得る。
『影法師』『錨を上げよ』など。

「タクシー」
ねえ、運転手さん、今夜はクリスマス・イブって知ってた?
何組くらいカップルを乗せた?
でもね、世の中にはカップルばかりじゃないんだよ。
イブなのに相手のいない女、いくらでもいるんだよ。
でも考えてみたら、あぶれた男もいるってことだよね。
運転手さんだってそうでしょう。
ごめんね、私、今夜はちょっと酔ってるから、失礼なことを言ったら怒ってね。
さっきまで女友達と一緒にお酒を飲んでたんだ。
みんな独身だけど揃いも揃っていい女よ。
なのに、世の中には見る目のない男ばかりなのよね。
私っていくつに見える?
あら、見ようともしないのね。
それとも暗くて見えないか?
あはは、だから言ってんのよ。
明るいところなら聞かないわよね。
こう見えても今年で三十歳よ。
お母さんが私の年にはもう三人の子どもがいたわ。
本文 抜粋

香川依子はクリスマス・イブの夜、乗ったタクシーの運転手に四年前の思い出を話す。
とても苦しく悲しい思い出話であった。

夏休みに同じ工場に勤める同期の和美と沖縄の阿嘉島にダイビングに行った。
そこで和美は、旅先ではスチュワーデスってことにしようと言いだす。
どうせ男の人に声なんかかけられないと思っていたが、そうではなかった。
いろいろな男に声をかけられまくり。
和美は派手な顔のなかなかの美人だった。
そのせいかな…?

三日目に声をかけてきた人が和美の好みだったらしく、後でお茶を飲もうという事になる。
そこで、和美はほらを吹きまくった。
行ったこともないパリやミラノの話を話したりした。
声をかけきた男は東京のテレビ局のディレクターだった。
沖縄のロケハンで来たという。

夜遅くにペンションにきた彼らは雑談のあと、二対二でデートしようという事になり、依子は、島尾という男と残される。

私は本当の和美を教えてやりたかった。
靴の縫製に関しては工場一の腕前で、男性のベテラン職人さんよりも上手なことを。
仕事に関しては絶対に手を抜かない。
彼女の作った靴なら何年でも持つ。
和美の見た目に惹かれてやってくる男は、彼女のそんな一面を知ることはない。
「香川さんも国際線のスチュワーデスなんですか?」おもわず心の中で、和美!と叫んだ。
どうしたらいいのよ。
私は「はい、一応」と答えるのが精一杯だった。
本文 抜粋

翌朝、六時前に目が覚めて、浜辺にいった依子は、島尾の姿を探した。
東京に帰ってからも会うために電話番号を伝える。
電話がかかって忙しいからと言えばいいと思いながら…。

東京に帰って十日くらいしたある夜、島尾から電話が入る。
依子は、断ることが出来ずに、その後島尾に何度か会うことになる。
Aラインのワンピースを奮発し、
パンプスも買い、10万近い散財をする。給料の半分近くだ。
デートのために耐乏生活を余儀縛されたが、これでいいんだと自分を納得させた。

島尾から電話があったのは一月後だった。
ようやく彼のことを忘れかけていた頃だったから、激しく動揺した。
「会いたい」島尾の声は切羽詰まった声だった。
その声を聞いた時、彼は私に恋していると感じた。
でも彼が恋しているのは本当の私じゃない。
「香川さんに会いたいんです」
本文 抜粋

会うたびに島尾に惹かれていく依子。
別れなくては、本当のことを言わなくてはと思いながらも、切り出せずにいた。

そして、依子は島尾に手紙を書く。本当のことを手紙に書く。
手が震える。何度も手を引っ込める。
これを出してしまえばすべてが終わる。
怖くてたまらない。
そして依子はポストに投函する。

旅先で出会った出会い。
旅先でついた一つの嘘。
苦しみながら、後悔しながら、本当の恋の行方はどうなるのか…。

泣ける奇跡の五つの短編集。
五人の女性の心模様を描く。
悲しく寂しい、そして本当に美しい話は、心に一筋の光のようにじっくりと浸みこんでくる。

(J)

「輝く夜」