石田 衣良
1960(昭和35)年、東京生れ。
成蹊大学経済学部卒業、広告制作会社を経てフリーランスのコピーライターに。
’97(平成9)年9月「池袋ウエストゲートパーク」でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、2003年7月「4TEEN」で直木賞受賞。
『骨音』『電子の星』『波のうえの魔術師』などがある。

「月の草」
頭が良いジュン・治らない病気を抱えているナオト・太ったダイ、そしてぼく(ユズル)は、同じ中学の仲間同士。
いろいろな事を経験しながら、毎日生活している。
1学期が始まってひと月半ばでクラスから登校拒否になった生徒がいた。
名前はルミナ。
背は百五十センチくらいと小柄。

五月のなかばの火曜日、いつものようにジュンとダイとナオトと僕は授業を終えて門を出る。

ぼくの通学かばんには立原ルミナ宛ての学級通信や宿題のプリントが入っている。
不登校の生徒に同じクラスの生徒が配達することになっている。
ぼくのマンションのとなりにルミナのマンションがあり、ぼくが配達することになっている。
一回目はポストに投入。

二回目はその週の金曜放課後、よく晴れて暑いくらいの夕方だった。
制服の上着を脱いで、白い半袖シャツだけになる。
前回と同じように学校帰りにぼくはルミナのマンションに立ち寄った。
二度目なのであっさりと目的のポストに向かった。
立原とローマ字のプレートがはいったポストにプリントをいれようと手をあげる。
身体はすぐ引き返すつもりで半分ターンしていた。
おかしい。
ステンレス製の内ぶたがまったく動かなくなっている。
通信販売の分厚いカタログかなにかで、なかがつかえているのだろうか。
指先でいくら押しても、ポストはまったく口をあけなかった。
ぼくは途方に暮れてしまった。
クラスの女の子宛ての通信を、そのまま家にもち帰るのは嫌だ。
しかたなく壁に埋めこまれたオートロックの操作盤に移動する。
キーボードを押すと4桁の数字が赤いLEDで浮かんだ。
チャイムが鳴る音がして、ぼくは息をのんで返事を待った。
「はい、立原です」
本文 抜粋

それ以降、ぼくはルミナと話すようになる。
携帯電話での会話。
本人は部屋から出てこない。
ぼくのために用意されてるケーキやパン。

そんなことを繰り返していたある日、リビングがいつもとは違う様子になる。
テーブルの上に二枚の皿と二つの紙パックが並べられていた。
そして、ルミナの声が耳元でする。

「まだダイエット完了してないから、あまり見ないでね」目をあげる。
驚きを顔にださないようにするのが精一杯だった。
丸々としていたルミナの頬はこけ、目のまわりは眼球の丸さがはっきりとわかるほどかさかさにくぼんでいた。
肩は薄くとがり、Tシャツはクリーニング屋の針金ハンガーに干したように力なくさがっている。
布ベルトで絞ったジーンズのウエストは金属バットの先端くらいの太さだった。
ばくはあわてて目をそらせ、席についた。
ルミナは素早い動きでテレビのリモコンをとり、スイッチをいれる。
夕方のニュース画面から激安ショップの情報が流れだした。
なんでも半額で売ってる店のレポートだ。
きっとルミナの体重の割引率も同じくらいなのだろう。
本文 抜粋

ジュンやダイやナオトにはルミナのことは相談できなかった。
拒食症のことならジュンにきけば簡単に教えてくれそうだったが、ぼくは何も聞かなかった。

ルミナがクラスに復活したのは、一学期も終わるころだった。
ひとりでは怖くていけないというルミナのために、ぼくは待ち合わせをする。
制服姿の彼女は体重をすっかり取戻し、回復し過ぎと言ったほうがいいかもしれない。
強烈なリバンドであった。

いつも通り仲間と行く後ろを、ルミナは付いてくる。
教室で失敗をくり返しながらも、ルミナは登校をしている。
ぼくや仲間と一緒だ。

摂食障害(eating disorders,)
狭義には、おもに思春期女子にみられる摂食行動異常である神経性食欲不振症(anorexia nervosa)と神経性過食症(bulimia nervosa)を総称した概念。
1960年代から神経性食欲不振症が多数報告されるようになったが、1980年代に入って、制御不能な食欲により短時間に大量の食べ物を摂取するいわゆる過食が前面に現われる症例が増加し、そのうちに体重減少の認められないものを神経性過食症とよぶようになった。
食欲不振症が10歳代後半に好発するのに対して、過食症は20歳代前半とやや高年齢に発症し、前者が几帳面で完璧主義なのに比して後者は気分が変わりやすく、自殺企図などの衝動行為も多い。
しかし、両疾患には移行が頻繁に認められること、肥満嫌悪や食事へのこだわり、あるいは女性性に対するとまどいといった精神的特徴が共通していることから、両者は共通の精神病理に根差していると考えられる。
また広義の摂食障害には、肥満症(obesity)や、さらに異食症(pica),反芻(rumination)といった食行動異常も含まれる。
心理学辞典 より

(J)

「4TEEN」  フォーティーン