熊倉 敬聡 (くまくら たかあき)
慶応義塾大学理工学部教授。
1991年パリ第7大学博士号終了。
1980年代は、フランス文学、特に「ステファヌ・マラルメの(経済学)を研究。
90年代は、コンテンポラリー・アートやダンスに関する研究・評論・企画・実践等を行う。
2000年代は、教育現場の変革の作業を展開し、新しい学びの場「三田の家」の立ち上げ・運営に関わる。
現在は、21世紀的art of livingの研究・実践に従事。
主な著作に、『黒板とワインーもう一つの学びの場「三田の家」』『セルフ・エディケーション時代』『女?日本?美?』
等がある。

そこには、何もなかった。
いや、ずたずたに引き裂かれた建物の叫び、くしゃくしゃに押しつぶされた車の呻き、泥にまみれた「日常」の品々のすすり泣き、そして、すでに生い茂りはじめている雑草の逞しさ、以外の何もなかった。
私は、津波が根こそぎ削り奪い取った、限りなく無惨で、かぎりなくあからさまな地面に、立っていた。
人間たちが、何十年、何百年、何千年と、自然とともに生き、搾取しながらであろう、培い、作り上げてきたモノたち、生活、文化を、自然の、海の情け容赦ない力が、押し流し、削り取り、粉砕し、一掃した、
あまりに露骨な大地に、私はただただ呆然と立ち尽くしていた。
本文 あとがき 抜粋

関東東北沖地震のボランティア活動で、各地で、各地の人々が、悩み、模索し、行動している地へ、NPOのメンバーと廻った時に、陸前高田で出会った人々の企ては、「エコタウン」にする構想だった。
スウェーデンの環境活動家、ヘレナ・ノーバーグ=ホッジの、「懐かしい未来 ラダッカから学ぶ」から発想を得た、自然と人々の知恵を生かした、地域主体の活動だった。

バブル崩壊以降も、多くの者が、相も変わらず、「バブル」が如き、儚くも執拗に舞い漂う限りない情報・イメージ・記号に踊らされ、苦しめられ、生きてきた日本。
この、世界でもとりわけ「ハイパーリアル」な国を、二つの度しがたく「リアルなもの」が襲った。
巨大地震・津波と・福島第1原発の大事故である。

私たちは、否が応でも、これまでの生活の在り方、社会の在り方、経済の在り方、政治の在り方、文科の在り方、すなわち生存するためのすべての条件の根本的見直しを迫られている。

超資本主義は、多様にメディア、文化産業を通じて、莫大な商品・イメージを人々の欲望に向かってまき散らす。
ダイエット・フィットネス・エステ・コスメ・サプリメントなど、理想化されて、「モード」化されたきらびやかさが、自らの体の“表面”を「スーパーフラット」化していく。
その結果、私たちの心と体は悲鳴を上げている。

ヴィパッサナー瞑想は、鼻からの呼吸を意識して雑念を取り去る瞑想である。
心の完全な静まりを通じて、すべての事象の無常を知るという。

そして、ティク・ナット・ハンが開いているコミュニティーでは、マインドフルネスの思想に基づき、日常生活のあらゆる所作に意識の十全な目覚め=気づきをもって臨む瞑想へと通じる。

食べること・座ること・歩くこと・労働すること、そのすべてのことに“今、ここ”の気づきと共に行う。
この「メディテーション」の実践から、次なるもう一つの文明へと作者は誘う。

(J)

「汎瞑想 もう一つの生活、もう一つの文明へ」