田中 慎弥(たなか しんや)
1972年山口県生まれ。
山口県立下関中央工業高校卒業。
2005年「冷たい水の羊」で第37回新潮新人賞受賞。
2008年「蛹」により第34回川端康成文学賞を受賞、
同年に「蛹」を収録した作品集『切れた鎖』で
第21回三島由紀夫賞受賞。
「共食い」で第146回芥川龍之介賞を受賞。

集英社から出版されている「共食い」と、同じ本に収録されている作品。

久賀山 信道は、その苗字から「ガヤマ」と呼ばれている。

信道の通う小学校でも、塾に通う生徒の数が全体の半分以上になり、海釣りに一緒に行く友達が居ないようになっている。

塾に通う気のない信道は、チヌを釣ろうとするが、なかなか釣れない。
信道は96歳になる曾祖父の矢一郎にチヌを見せたいのだが、それが出来ない。

警察官だった父方の祖父は、退職後に首を吊って死んでしまった。
父親の紀和も4歳の時に病気で亡くした信道にとっては、96歳の曾祖父の存在は大きい。
寝たっきりの曾祖父にチヌを釣って見せたいのだが、そのチヌが釣れない。

三つ目の釣りの話だけが信道とつながっていた。
曾祖父は戦争から帰ってきたあとの年月、働いている時以外はずーと釣りをしてきたかのようだった。
そのほとんどがチヌ釣りだったのは、チヌがどこにでもいる魚だったからだ。
下水道が整備されていなくて、おまけに家庭で出るちょっとしたごみなら海や川に捨てても誰も咎めなかった時代、それでも水はいまよりずっと綺麗だった。
戦争が終わって人の数と一緒に家庭からの下水やごみが増え、工場から流れ出す汚水で海が濁り他の魚の数は減ったが、チヌたちは平気で泳ぎ回っていた。
曾祖父は、あいつら砂と石ころ以外のやったらなんでも食べる、とよく言った。
なのに警戒心が強く、
釣るのは難しかった。
尾鰭の先端を爪でしごいて漸く二十センチに達したように見えるサイズが、これまで信道が釣り上げた最大のものだった。
本文 抜粋

曾祖父の面倒は、曾祖父とは血のつながらない祖母が見ている。
信道は、釣った魚を祖母に料理してもらう。
そしていつか、曾祖父に自分の釣ったチヌを見せたくも思う。

うどん屋のチェーン店で働く母と、曾祖父・祖母との暮らしは、母の東京転勤や、曾祖父の入院、死で変化していく。

少しずつ、大人へと近づいていく少年の心模様が描かれている。
何気ない日常のことを綴りながら、失くしていくモノへの微妙な心の変化、それを何気ない言葉で書く。
悲しみも戸惑いも、喜びも苦しみも・・・。

(J)

「第三紀層の魚」