さだ まさし Sada Masashi
一九五二年長崎生まれ。
國學院大學中退後、七二年に「グレープ」を結成、「精霊流し」「無縁坂」などが大ヒットする。
グループ解散後、シングル「線香花火」でソロデビュー。
二〇〇二年、初小説「精霊流し」がベストセラーになる。

時には、殺したいくらい人を憎んだり、恨んだり、怒りを抱くこともあるだろう。

杏平は同級生の松井に殺意を抱き、二度殺しかける。
そんな時に、
かつて自殺をした山木の声が聞こえる。
『殺してはいけない』
浅草寺からそう遠くない隅田川のほとりの墨東高校に入学してから同級生だった松井。
身長175cmくらいの細見のイケメンの彼は、学校の人気者だった。
清潔感があり、先生の受けもいい。

そんな松井に疑問を持ち始めた杏平は、色々な場面での彼の「悪意」に気づき始める。
僕にも欠点があるから他人の欠点を指摘するのは気が進まないが、実は松井は、僕の一番嫌いなタイプの欠点を持っていた。
松井には裏表があった。
よく見ていないとわからないが、強い相手には下でに出るけど、実は面従腹背で腹の中で相手の弱みをじっと窺っているところがある。
一方、弱い、と見下した相手には慇懃無礼で高慢で、ちょっと冷たい。
つまり相手によってきっちりと態度を変える。
たった今温かい言葉をかけていたのに、そいつがいなくなると悪口を言うようなところがあった。
“上手な悪口”というのは変な言い方だけども、その場にいる人間には悪口には聞こえない話し方のこと。
本文 抜粋

自殺した山木も、この松井の『悪意』で居たたまれない思いをした。
そして、杏平自身も・・・。

学校を中退し、精神的な病になり、人とうまく関われなくなる。
家に引きこもってしまうが、飽くまで自分を信じて見守る父親の言葉に、励まされながら、遺品整理会社の見習いとなる。

凄惨な現場のその仕事は、杏平の心にいろいろな事を問いかける。
そして仕事仲間の誠実な態度に触れながら、杏平の心は何時しか和む。

「おふくろ屋」のゆきちゃんの壮絶な過去に、またしても松井に怒りを感じながらも、『生きたように死んでいく』という、仕事仲間の言葉を聞きながら、あの時、松井を殺さなくてよかったとも思う。

『命』は大切なもの。
月並みな言葉だけど、真実である。
生きることの難しさは、ひょっとしたら、うまく死んでいくことなのかもしれない。
苦しみながらも自分を大切にし、人に苦しめながらも、また人に癒される。
それが、生きる事でもあり、またうまく死ぬことかもしれない。

(J)

「アントキノイノチ」