小川 糸  Ogawa Ito
1973年生まれ。
著書に小説『食堂かたつむり』『ファミリーツリー』『つるかめ助産院』絵本『ちょうちょ』 などがある。

[喋々喃々]とは、男女」が楽しげに小声で語り合うさま。

東京・谷中(やなか)で、アンティークの着物店 『ひめまつ屋』を営む栞。
自分一人養うのにぎりぎりの生活ながら、周囲の様々な人たちとの楽しくもあり、苦しくもあるかかわりの中で、生活している。

季節は新春のある日。
ひめまつ屋に一人の男性客が現れる。
お茶会に来ていく着物を探している。

木ノ下春一郎との出会いである。
小説は、この春一郎との恋愛が中心に繰り広げられる。
読んで「すがすがしい気分になる小説」である。

これと言って何があるわけでもない。
ただ、書かれているのは、日常の生活であったり、谷中・浅草の食べ物や歴史めいたものである。

1年を通して描かれている着物の種類や食べ物は、今の私の生活からは、遠い内容のものもあるが、それが反対に新鮮。
恋する人を待ちながらの気持ちも、良く描かれているし、そして何よりも、季節感あふれる文体が魅力でもある。

新春セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。
真っ白い粥に細かく刻んだそれらを放つと、そこだけ春になった。
仕事始めの朝、ストーブで七草粥を炊く。
さっき台所で水仕事をしている時、
坪庭の蠟梅が咲いているのに気づいた。
か細い枝には、ぼつぼつと黄色い花がほころんでいる。
本文 抜粋

栞を取り囲む人たちもなかなかのもの。
いつもお菓子の差し入れがあり、美味しい食べ物や栞好みのいろいろな情報を聞かせてくれる。

イメルダ夫人。
近所の噂話等を栞の耳に入れる。

栞お妹の花子。
父と母が別れて今は別れて暮らすが、家族のぬくもりを感じさせてくれる存在。

そして、かつての栞の恋人雪道君。
かつての片思いの人に似ている栞を、色々なかたちで応援するイッセイさん。

そして、父や母。
義理の母親や腹違いの妹など、個性豊かな人たちが脇を固める。

私とイッセイさんの下駄の音が、ひっそりと静まり返った谷中の路地に、暗号を使って会話するようにカランコロンと交互に鳴り響いている。
タクシーをつかまえ、浅草を目指した。
車の中でイッセイさんが「お前さん、ケットバシかホルモン、どっちがいい?」
と私に訊ねる。
「ケットバシ?」
意味がわからず聞き返すと、「ケットバシだよ、ケットバシ」
イッセイさんが焦れったそうに言う。
「ケットバシ?」
また意味がわからず繰り返すと、「馬だよ馬」
本文 抜粋

何とも愉快な仲間であり、心強くもある。
そして、東京の下町の情緒ともいうものが、事は可となく感じられる、そんな秀作である。
美味し様なものがたくさん出て来るしね。
グルメには、参考作品になるかも・・・。

(J)

「喋々喃々」