エリザベス・ギルバート Elizabeth Glibert  那波かおり 訳

エリザベス・キルバート
小説家。ジャーナリスト。
1969年、アメリカ、コネティカット州生まれ。
ニューヨーク大学失業。
1993年、初めての短篇小説をエスクァア誌に発表。
処女短編集である『巡礼者たち』(岩本正恵訳)が、パレス・レビュー新人賞、ブッシュカート賞を受賞。
PEN/ヘミングウェイ賞の候補となり好評を博す。
本書『食べて、祈って、恋をして』は40以上の言語に訳され800万部を突破する世界的ベストセラーに。
2006年にはタイム誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」に選ばれている。

私小説としても有名になったこの作品は、2010年に、ジュリア・ロバーツ主演で映画化もされている。

離婚と若い男性との恋に破れたエリザベスが、1年間、イタリア・インド・インドネシアを旅する。
そして、イタリアでスバゲティなど美味しいものを食べ、インドのアシュラムで祈り、インドネシアのバリで恋をする。
そのことを書いたものである。

イタリアでは、食べて食べてサイズがどんどん大きくなるとか、インドでは瞑想を通じて、どうしても避けられないし、逃げられない自分をどう受け入れるかを書き、バリでは、恋をしないと決めていたにもかかわらず、年上のハンサムなブラジル人との恋を描く。

自分の心の葛藤を、素直に表現してあり、共感どころか、同感しながらも、彼女の真摯な自分語りに、のめり込むように文章を読む。

作家という仕事を選んだことは、わたしにとって好運だった。
周囲の人々はこんなふうに納得してくれる。
なるほど、彼女は創作のために結婚を捨てたのね。
いくらかは真実は含まれてはいるが、全部がそうではない。
多くの作家に家族がいる。
たとえばトニ・モリソンは、ノーベル文学賞という小さな宝石のために、息子の育児を投げ出そうとはしなかった。
でも、トニ・モリソンはトニ・モリソンの道を見つけたように、わたしはわたしの道を探し求めていかなければ……。
古代インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』には、誰かのまねごとの人生を完璧に生きるより、自分自身の人生を不器用に生きるほうがいい、と記されている。
そう、わたしも自分の人生は自分で選ぼう。
不器用でぶざまに見えるかもしれないが、それがとてもわたしには似つかわしい。
本文 抜粋

姉を見送ったあと、およそ一か月半のあいだに、ボローニャ、フィレンツェ、ヴェネツィア、シチリア、サルデーニャに旅した。
ナポリも再訪し、その足でカラブリアへも行った。
だいたいが、一週間、あるいは週末だけという短い旅だった。
それでも、土地の感じをつかみ、名所を見学し、地元の人においしい店はどこかを聞いて、そこへ食べにいくぐらいのことは十分にできた。
イタリア語の学校は辞めることにした。
教室に縛りつけられているのが、かえって学習の妨げになっているように思えてきたからだ。
教室にいるよりも、イタリアのあちこちに出かけていったほうがいい。
そこにいる人々とじかに話すほうが勉強になる。
本文 抜粋

アイルランド人の酪農家で修行仲間のショーンが、こんなふうに言った。
「宇宙を巨大な回転式エンジンだと想像してみてくれ。
きみはそいつの真ん中に、つまりホイールの中心のハブにいたいと思うんじゃないか?
なにもかもすぐに移り変わって、しっちゃかめっちゃかに振りまわされる端っこじゃなくてね。
端っこがどんな状態にあっても、ハブはつねに静かだ。
つまり、そこがきみのこころ(ハート)だ。
神がきみとともに住まう場所だ。
だから、この世界で答えを求めようとするのはもうやめるんだね。
求めるのをやめて、この中心に戻ってくればいい。
そうすれば、きみはいつでも平安を見いだせる。」

本文 抜粋

成程ね!!!
心の平安を見つける旅は、なかなかの苦戦の末に、バリで出会ったフェリペという男性との出会いで終わる。
なんだか羨ましいような、楽しいような…。
そして、イタリアでもどこでもいいけど、3か月でいいから世界のどこかで暮らしてみたい。
そんな思いに駆られる本だった。

(J)

「食べて、祈って、恋をして」 Eat,Pray,Love