カズオ・イシグロ   土屋 政雄 訳
カズオ・イシグロは、1954年長崎生まれ。
1960年、5歳で渡英。
日本とイギリスの二つの文化を背景にして育つ。
数多くのイギリス文学賞を受賞。
この作品を読んで、イギリスを思う。

プロローグは、ダーリントン・ホールの執事である主人公のスティーブンスが、主人の勧めもあって、一週間ほど、自動車でイギリス国内を旅する事を決めるところから始まる。
かつての女中頭のミス・ケントンに会うべくかれの旅は始まる。

かつての主人であったダーリントン卿時代のダーリントン・ホールは、イギリスの外交の場で、国内や諸外国の政治家や名士が秘密に集まり、
国家や政治事を話す場であった。

そのダーリントン・ホールの面影は今は無く、アメリカ人のファラディ様が、今のスティーブンスの主人でもあった。

旅の途中で、イギリスの美しい景色を見て感動しながらもスティーブンスの頭から離れないミス・ケントンとの思い出の数々。
かつてのダーリントン卿時代の栄光の日々に思いを馳せながらも、人に以前は、ダーリントン卿に仕えていたことを話さない彼。

「執事の品格」という、ただそれを念頭に仕事を熟し、自分の父親の死に目すら慌ただしく働く。
そんな彼が、旅の終わりで流した涙の訳は・・・。

六日目ー夜
桟橋の色つき電球が点灯し、私の後ろの群集がその瞬間に大きな歓声をあげました。
いま、会場の空がようやく薄い赤色に変わったばかりで、日の光はまだ十分に残っております。
しかし、三十分ほど前からこの桟橋に集まりはじめた人々は、
みな、早く夜のとばりがおりることを待ち望んでいるかのようです。
先ほどの人物の主張には、
やはり、いくぶんかの真実が含まれているのかもしれません。
しばらく前のベンチにすわり、わたしと奇妙な問答を交わしていったその男は、私に向かい、夕方こそ一日でいちばんいい時間だ、と断言したにです。
たしかに、そう考えているひとは多いかもしれません。
そうででもなければ、ただ桟橋のあかりがついたというだけで、あれだけの歓声が自然発生的に湧き上がるものでしょうか。

人生が思いどおりにいかないからと言って、後ろばかり向き、自分を責めてみても、それはしよう無いことです。
私どものような卑小な人間にとりまして、最終的には運命をご主人様のーこの世界の中心におられる偉大な紳士淑女のー手に委ねる以外、あまり選択の余地があるとは思われません。
それが冷厳なる現実というものではありますまいか。
あのときああすれば人生の方向が変わっていたかもしれないーそう思うことはありましょう。
しかし、それをいつまでも思い悩んでいても意味のないことです。
私どものような人間は、何か真に価値のあるもののために微力に尽くそうと願い、それを試みるだけで十分であるような気がいたします。
そのような試みに人生の多くを犠牲にする覚悟があり、その覚悟を実践したとすれば、結果はどうであれ、そのこと自体がみずからに誇りと満足を覚えてよい十分な理由となりましょう。
本文 抜粋

ただ、一途に主人のためと働いた彼の人生。
一人女性の思いも分からぬまま、ただ、仕事のみに生きる。
その後悔は、旅の終わりに一つの結論へと至る。

日本とイギリスは、大陸から離れた島国という地理的な条件も似ている。
共通点も多くあるであろうこの2つの文化の中で育まれた感性を持つであろうカズオ・イシグロの作品は、心の奥で素直の頷ける何かそんなものを感じる。

(J)

「日の名残り」