ロジェ=ポル・ドロワ

何かをなくし、何をなくしたのかも忘れる
効果 不安になる
用意するもの 無頓着

人はあらゆることに対して準備しますが、ものをなくす準備と忘れる準備というのだけは聞いたことがありません。
したがって、これに関しては、前もっての準備は不可能です。
二つの必須条件は、偶然そろわなければなりません。
何かをなくしてしまった。
それを実際になくしたということはすでにわかっているけれど、それがなんであったかは思い出せない。
ですから、これはまれにしか起こらない二重の喪失です。
ものと記憶が一緒になくなっているのですから。
しばらくは、ただ漠然とした気持ちがするだけで、その気持ちに正確な輪郭を与えることはできません。
取り返しのつかない気分、ひたすらつのる不安。
何かをなくしてしまった。
なのに、その正体不明のものがなんであったかさえわからない。
日頃よく使っていたものなのか、人から預かっていたものなのか。
どうしてもわからない。
後悔はありません。というのも、悔やむべきものを特定する要素が何も与えられていないのですから。
本文 抜粋

生活している暮らしの中で、「やってみる」ことをこの本は、大切なことと言っている。

自分の位置をずらす。
前にではなく、横に歩く。
視点を変える。

ごくごく当たり前になって感じなくなってしまっていること、生活の中にいっぱいありそう。
慣れた暮らしからの脱出。
簡単にできるアイデアが書かれています。

服をたくさん試着する
効果 さまざまな人生を体験する
用意するもの ブティック

大昔から、衣類は単に寒さから身を守るためだけのものではありませんでした。
衣類には、それを着ている人がどういう出自で、どこに住んでいるか、何歳でどんな性格か、誰に支配され、またいかなる権力を持っているか、などあらゆることを示す役割がそなわっています。
ある青年の着ている服が「ぼくは地方出身ですが、田舎者と笑われないように都会の青年たちと同じブランドの服を着ています。
でも、色の選び方までは真似できず、ちょっと浮いているようです。
自分では気づいていませんが」
と言っていたり、ある有閑マダムの装いが「わたしは高級住宅街に住む裕福な女性です。
子どもはもう大きく、夫は退屈です。
上流階級の礼儀をわきまえた方なら、くどいてくださってもかまいませんわ」と語っていたりするものです。
本文抜粋

本当にこの本に書いてある事を、行動したらどうなるのかと心配なものもあるし、
ちょっとしてみようと思うものもある。
視点を変えて少し言葉を変えるなら、如何に自分という人間が小さく、自分の住む世界がどれほど狭いかつまり、日常に埋没するといとも簡単に、「井の中の蛙、大海を知らず」になるってことかと読んだ。

(J)

「暮らしの哲学 やったら楽しい101題」