瀬名 秀明

科学は知性の所産であり、知性はより高等な脳の機能であり、
脳の高等な機能は人間の脳の発達の所産であり、脳の発達は遺伝子によって決定されるプログラムの所産であり、それらはすべて進化と自然淘汰の所産である。
科学はつまり、理解したいという本能的な衝動を含む人間の本性が直接的に現れたものであり、これこそ進化における人間の成功をもたらした源泉である。
望むと望まざるとにかかわらず、私たちには、自分たちの遺産をいますぐ手放し、世界に探究の目を向けたり疑問を持つことをやめ、創意工夫をこらして問題を解決することを放棄することなど、おそらく不可能なのである。
それが可能になるのは、ヒトという種が終わりを迎えるときである。
万が一、科学が基で私たちが破滅することになったとしたら、それはヒトという種に欠陥があったからであり、致命的な突然変異の犠牲になったにすぎない。
クリスチャン・ド・デューブ 『生命の塵』より

東北大学大学院
薬学部出身の作家 “瀬名 秀明”氏。
『パラサイト・イブ』に続き、2作品目に出された「ブレイン・ヴァレー」。
上下2冊のちょっとした大作になっている。

孝岡 護弘は脳科学者である。
船笠村にあるブレインテック総合研究所に新しく赴任する。
赴任早々、孝岡は、“鏡子”というその地方の名家の女性に出会う。

孝岡は、UFOに連れ去られ、アダプティー体験をする。
自分に何が起きたか、これは現実か幻想か?
彼は訳も分らないまま、混乱する。

とにかく難しい脳医学の言葉が並ぶ。
例えば、側頭葉の虚血によるてんかん発作。
臨死体験の脳の機能。
アダプテーションの脳医学による説明。
そして、コンピューターでのデジタル生命。
生命とは何か?
神という者と人間の関係は如何に?

美しい女性鏡子を絡めたいろいろな人との出会い、そして、様々な出来事が描かれている。

ラファエロの最後の作品である『キリストの変容』も絡まり、人間と神、科学とコンピューター上の人工生命。
動物による臨死体験。
興味深くもあり、またぞっとなる文章もある。

確かな筆者の知性に支えながら、独特でユーモアともいえる作品に仕上がっている。
私たちは“生命”は創ることができるのか?
また、臨死体験やアダプテーション、至高体験は、脳が作り出す幻想なのか?

いくら考えても、私の頭では応えようのない難問が続く。
でももし、この本の中のある種の体験が幻想なら、今ある私たちが体験している日常は、ある種の幻想で現実というものの不確かさしか残らないのかも・・・。

心理学という、脳科学とも密接な関係にある領域で仕事をする私。
気分で物事の受け取りは確かに変わる。
じゃあ、気分は、脳の働きがすべてなの?
脳の働きやシナプスや様々な脳内物質は確かな影響を私たちに与える。
でも・・・脳は心なの?
考えるわたしの頭が脳に支配される。

(J)

「ブレイン・ヴァレー」  BRAIN VALLEY