内田 樹    UCHIDA Tatsuru

私は、海外に行くと、否が応でも、自分は「日本人」だと実感する。
異文化に触れると、自分の日本人としてのアイデンティティがはっきりとする。
どうしてそういうことが起きるのか?
そのことの答えがこの本の中にある。

日本人(私)は何かとの比較で思考するらしい。

「辺境」という地に位置する日本。
その日本人固有の思考や行動は、日の丸という国旗の図柄の「日出るところの天子」でも示されているらしい。
うんんんん・・・・・・・。

「もちろん、日本の周縁性や辺境性や後進性によって日本文化の特殊性を語られた方はこれまでにたくさんおられました。ですから、最初にお断りしておきますけれど、本書のコンテンツにはあまり(というかほとんど)新味がありません。
でも、新味があろうとなかろうと、繰り返し確認しておくことが必要な命題というのはあります。
私たちはどういう固有の文化をもち、どのような施行や行動上の「民族誌的奇習」をもち、それが私たちの眼に映じる世界像にどのようなバイアスをかけているか。
それを確認する仕事に「もう、これで十分」ということはありません
本文抜粋

でも、私はこの國たい規定を「ナンセンス」とわらうことはできないと思います。
まさしく、日本の国民的アイデンティティの中心は、この「他国に従属しても政体の根本理念が変っても変らないもの」
すなわち、「状況を変動される主体的な働きかけはつねに外から到来し、私たちはつねにその受動者である」とする自己認識の仕方そのもののうちにあるからです。
本文抜粋

(J)

「日本辺境論」   日本人とは何ものか?