森岡 正博

2007年4月16日に、アメリカ バージニア工科大学で、学生による銃乱射事件が起き、学生や教員32人が殺され、乱射した学生は自殺した。
この事件は全世界に報道され、衝撃を与えるとともに、さまざまな世論を呼んだ。

犯人は、NBCテレビに両手で銃を持って仁王立ちする姿などの写真を送りつけ、その写真も報道されている。
バージニア工科大学の事件の次の週に、被害者32名への追悼集会が行なわれ、死亡者と同じ33個の石が置かれ花が添えられた。
犯人によって殺された32人の石が32個。
そして、「33個めの石」は、自殺した犯人のもの。

哲学者である著者が、様々な角度から私に問いかけてくる。

鬱の症状で悩まされている人に、鬱の症状がとれて、気分が晴れて、ちゃんと生きていこうと思えるこの種の薬が開発されたとする。
落ち込む出来事があったときや、ストレスフルなとき、この薬を買い、そして飲む。

自分にとってかけがえの無いと思う人を事故などで亡くす。
半狂乱でパニックになり、この薬を飲む。
苦しみは消え、何となく幸せな気分になる。
かけがえの無い人を亡くしても何となく幸せな気分でいる。

ストレスも苦痛も無く、何となく幸せな気分になることに害は無いであろう。

でも、何かが違和感をだす。
「人間」とは何か?
「うらみ」とは?
「苦しみ」とは?

現代文明を筆者は「無痛文明」と呼ぶ。
テクノロジーが生み出す人間にとって、「善し」と思ういろいろな技術が、人間という自然をどこかで狂わせているようにも思う。

そういう自分も、またその文明のなかに生き、知らず知らずの内に、何かが狂って行っているのだろう。

「33個めの石」は、32個の石から、少し離れたところに置かれている。
そして、無くなっては置かれ、無くなっては置かれた。
犯人に殺された被害者の関係者には、この石の存在は、許しがたいものであろう。
それでも、「33個めの石」は置かれる。

被害・加害とは何か?
人の命とは何か?
答えの無い哲学の世界を揺らぐ。

(J)
「33個めの石」 傷ついた現代のための哲学