フロイト  Sigmund Freud

タナトス・死の欲動(Tanatos)とエロス・生の欲動(Eros)
1920年に出版された『快楽原則の彼岸』を皮切りにフロイドの後期から晩年にかけての著作では、生の本能(エロス)と死の本能(タナトス)という二元論が(仮説として)人間や世界をとらえる彼の眼の根にすえられるようになる。
ここで生の本能とは、生命を促進・強化・拡大し、さらに維持・継続させる力と考えられる。それに対して死の本能とは、生命の解消あるいは破壊し、生命を無機的状態に還元する力とされている。
心理臨床大事典」より

精神分析の祖のフロイト。
そのフロイトが書いた本。

第一次大戦・第二次大戦を経て、フロイトの思想は、変化したと言われる。
それまで二元論は、現実原則/快楽原則、あるいは、自己保存の欲求/(対象に向けられた)性本能とそれぞれが重なり合う二元論から、タナトス/エロスの二元論に変る。

「わたしたちの無意識は死の問題をどのように立ち向かっているか。」
わたしたちは、無意識に自分が死ぬことを信じていない。そして、あたかも不死であるかのようにふるまう。
身近な人の死により、自分自身の死を意識するが、反動形成により、自らの死を拒否する。

一方、知らない人や敵にたいしては、死の訪れを平然と認める。

無意識の働きのうちに、自分の邪魔になる者や自分を侮辱し傷つけた者に、心の中で、無意識的な願望の動きで、相手の死を望んでいるという。

またこの本のなかで、フロイト自身が、“精神分析は、このようなことを主張するので部外者からほとんどされない。”
と書いている。

愛と憎しみは対の感情であり、愛する対象であればこそ、憎しみもするという。
愛する人は、内的所有物であり、自我の一部でもある。
しかし、同時にある意味では、見知らぬ人でもあり、時には、敵でもある。
このアンビバレントな葛藤から、正常な心的な生に対する深い洞察をもたらされるという。

死によって生が否定されることを認める態度と、死を現実的なものとして否定する態度が衝突して葛藤を起こす。
不安・破壊・憎悪は、生の欲動と死の欲動の拮抗から生まれるとした。

わたしたちの無意識って、本当にあるの?
そして、わたしたちの無意識って、どんな物?

無意識
人間の心のもっとも奥深いところにあり欲動の動きによって形成されている層。
これは、否定的なものをまったく知らず、否定作用を知らないもの。
本文引用

反動形成
人間の成長過程において、性格と道徳の形成に大きく貢献するもの。
無意識の衝動が自我にとって好ましくないものである場合、抑圧の規制を はたらかせるとともに、さらに、意識面において衝動とは反対の態度をとるもの。
頑固さは従順さに、不潔を喜ぶことは潔癖に、性衝動は厳格な道徳性に、破壊衝動は正義感にというように置き換えられ、現われやすい。

カウンセリング辞典より引用

(J)

人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス   “戦争と死に関する時評”