辻 仁成   Tsuji Hitonari

1959(昭和34)年、東京生れ。
福岡・帯広・函館など各地で育つ。
’79年、ロックバンド・エコーズを結成。
ヴォーカル・ギター・作詞作曲を担当(’92年解散)
’89年、処女小説『ピアニシモ』ですばる文学賞、
’97年には『海峡の光』で芥川賞、
さらに’99年、『白仏』フランス版で同国のフェミナ賞を受賞。
他の作品に『母なる凪と父なる時化』『ミラクル』など。

陸に上がった後も海のことがいつまでも忘れられない。
函館湾と津軽海峡とに挟まれたこの砂州の街では、潮の匂いが届かない場所などなかった。
少年刑務所の厳重に隔離された世界も例外ではなく、海峡からの風が、四方に屹立する煉瓦塀を超えてはいともたやすく吹き込み、懐かしいが未だ癒えない海の記憶を呼び覚まさせる。
船を下りて二年しか経っていないせいもあり、肉体の芯には船上にいる時の眩暈にも似た感覚が残っていた。
足先に力を込めて踏み支え、潮と潮がぶつかりあう海峡の真ん中で、垂れ込めた灰色の空から打ちつける夥しい(おびただしい)雪片の礫(つぶて)を顔に受け止めながらも、生と死の境目にいるような底揺れに耐えた。
連絡船の汽笛が遠ざかり、スクリューの振動が失せ、海鵜が空の彼方へと飛翔してしまうと、私はいつもぽつんと函館刑務所の敷地に佇み、ただぼんやり碧空を見上げているのだった。
最初は海を避けるようにして刑務所内の仕事に従事していたが、夜間勤務を経て、今年の春からは船舶訓練教室の副担当官の職務に就くことになり、海と再び向き合わなければならなくなってしまった。
全国で唯一この函館少年刑務所には船舶教室科が設けられていた。
今年訓練を受ける受刑者は総勢十名で、その中にかつての同級生の名があった。
いつかはこういう日が来るのでは、という懸念が現実になったことにうろたえたが、さらに私を驚かせたのはその同級生があの花井修であったことである。

本文 抜粋

廃船の迫った函館連絡船の客室係を辞めて、函館刑務所看守の職を得た斎藤は、少年の頃、いじめを受けていた。
優等生の仮面を下で、残酷なまでにいじめ続けた花井修は、優秀な成績で大学を卒業し、銀行に就職していた。
その彼が傷害罪で将来を棒に振った。

斎藤の父は、海の事故で亡くなっていた。
人一倍の努力家であった父は、荒れる海へと小船を出し、突然のアイヌ風と言われる波濤に岩場に打ち付けられ船は砕け、父の体は岩場へと打ちつけられて高波にさらわれた。
そんな父のことも花井は侮辱した。

「協調できないはみ出し者を僕たちが愛情をもって鍛えなおしてやらなきゃ」
彼の一言で私はクラスの不出来な落ちこぼれと決めつけられて、激しい攻撃の的になった。
正義の名のもとにふるわれる制裁ほど恐ろしいものはない。
人を殴りつけておいて、彼らは花井の説いたカタルシスに浸るわけだから、悪いことをしたという意識がまるでなく、そればかりか私を導くと豪語して力加減もない。
花井は私を利用し、とかげの尻尾のように扱うことで、クラスをうまく一つにまとめあげ、自分の確固たる地位を築いていた。
花井が転校せず卒業まで学校に残っていたなら、私は人間としての尊厳を維持できたかどうか疑わしい。

本文 抜粋

その後、斎藤は体を鍛えた。
かつての同級生たちは、そんな彼の変化に目を見張っていた。

そして今、刑務所で、斎藤と花井の立場は入れ替わった。
斎藤は看守で、花井は受刑者だった。

かつてと同じように刑務所でも花井は優等生だった。
人目のある時には彼は人にやさしかった。
そして、斎藤はただ待った。
花井がその優等生の下にある彼の本当の顔を見せるのを待った。
意識はただ花井の方へと向けられていく。

船舶教室が始まり、花井を始め訓練生は海に出る。
海の上では受刑者たちも命を落とす可能性もある。

私は何時か受刑者たちに襲われるのではないかと、妄想に浸り、恐怖を味わいながらも、何事もなく訓練も終わる。

そして斎藤の想像通りに、花井はかつて自分にしたように、受刑者の一人をターゲットにしていじめ、孤立させ、受刑者たちの間で君臨するようになる。

一方では、まじめに試験に向かって猛勉強する花井に、法務技官たちは口をそろえて褒めたたえた。
が、その花井が試験に落ちる。

花井修は小学校の頃の彼ではない、全く別の人間だと思うべきなのであり、しかも私たちの間には十八年もの歳月が横たわっている。
確かにあの頃を彷彿とさせる鋭い眼光や人の心を操る不思議な能力は健在だが、それとて今の私が怯えるくらいの得体の知れない魔力と呼ぶほどのものだろうか。
私は誰からも苛められることのない逞しい大人に成長した。
しかも今や看守という立場にある。
彼の亡霊に怯えて幻を生み出したが、花井修は落伍者に過ぎないではないか。

本文 抜粋

減刑の処置が施された花井は、予定よりも早く刑務所を出ることになる。
そして、花井が斎藤の前から姿を消すその時…。

読んでいると、ふと海の匂いがするような気がした。
豊かな文章描写はそんな気を起こさせる。

豊かな暮らしや美しい母親のいる生活をしていた花井と、父親を亡くし、母との貧しい生活をしていた斎藤こと『私』の刑務所での出会いは、苛めたものと虐められたものとの再会でもあった。

斎藤の心に住む花井という人への思いは、連絡船の廃船の汽笛と共に、無くなっていくのだろうか。
そんなことを考えながら読んでいた。

(J)

「海峡の光」