湯本 香樹実 YUMOTO KAZUMI

1959(昭和34年)、東京生れ。
東京音楽大学作曲科卒業。
処女小説の『夏の庭』は映画化・舞台化されたほか10か国以上で刊行が決まり、日本児童文学者協会新人賞、児童文芸新人賞、米国バチェルダー賞、ボストン・グローブ=ホーン・ブック賞を受賞。
『春のオルガン』「西日の町』など。

死ぬことを考えると、恐くて眠れない。
でも興味はあって知りたい。
そんな小学校6年生の3人の仲間の河辺と山下、そして木山。

ふとしたことから町外れに一人で暮らす老人を三人は観察し始める。
いつ死んでもおかしくない、まるで生きる屍のようなこの老人の死の瞬間を自分たちで見ようとした。

夏休みの暑い日差しの中、3人は塀の外から老人の家を覗く。
好奇心に駆られた3人は老人の死が、何時か何時かと眺めている。
しかしその内、なぜか老人は段々と元気になっていく。

観察するのに不愉快な家の周りのゴミを片づけて、コンビニの弁当で食事を済ませる老人に差し入れしたりするようになる。
老人もまた、3人を意識するようになり、彼らに話しかけるようになる。

そしていつしか、この少年たちと老人は仲よくなり、また、心の中のいろいろなことを共に語る、そんな関係へと変化していく。

小さい頃に父親と別れた河辺は、少し変な性格だし、デブの山下は父親と同じ魚屋になりたいのに、母親は許さない。
木山の母親は、毎晩のようにお酒を飲んでいて側にいても気分が悪い。

3人は、老人の洗濯を手伝い、家の壁を塗り替え、西瓜を皆で食べ、宿題をする。
そして、きれいになった庭にコスモスの種をまく。

コスモスの花が咲くことを楽しみに3人と老人は色々な話をする。
戦争のはなし、老人の結婚相手のはなし。
今までに聞いたこともないような話を3人は熱心に聞く。

夏は季節を秋へと変えていこうとするある日、サッカーの合宿から帰って来た3人は、いつものように老人の所に行く。
おみあげを渡し、老人に話すたくさんのことがあった。

その部屋を充たしていた甘い匂いは、ぶどうの匂いだった。
おぜんの上には、遠くの火事に照らされる夜のような色をしたぶどうが四房、鉢に盛ってあった。
ぼくたちと食べようと、おじいさんはぶどうを洗って眠りについたに違いない。
「遠足に行く前のガキみたいだね」
山下が、泣きはらした目をTシャツの袖でぐいとぬぐった。
河辺は部屋のすみで、背中を向けてしゃがみこんでいる。
時々、押し殺したか細いうめき声が聞こえてくる。
ぼくはぶどうの実をひとつつまみ、皮をむいた。
水気をたっぷりふくんだ小さな実が、ぼくの手の上で震えながらうずくまっている。
「食べてよ」ぼくは、ぶどうをおじいさんに差しだした。
「ねえ、食べてよったら」

本文 抜粋

老人は逝ってしまったが、3人の心には決して失われないものが残る。
何かがあると老人に話しかけ、きっとこう答えるだろうと彼らは思う。
心の中に老人は居る。

卒業と同時に彼らはそれぞれの道を行く。
再び会うことを約束するが、二度会うこともないのかもしれない。

ぐいぐいと引き込まれていく本の世界は、読む者に共感を引き起こす。

強風と雨の夜、コスモスの花を心配する3人は老人の家に集まることになる。
誰が言いだしたわけでもなく自然と集まる。

なんとも暖かくそして、やさしい世界を見事に描き出している秀作だった。

(J)

「夏の庭」 The Friends