hon20141001辻 邦生

無名の人々の中にある、人知れぬドラマは、その人の生涯を手がかりにしながら、その人の生き様や内面を追想し再建される。
だれにも知れず、ひょっとしたらそのまま消えていくかもしれない、そんな人の日記・残された手紙、資料や談話から、無意味しかならないかもしれないその人の人生を語る。
そんな物語が集められている作品集である。

フランス文学者の辻邦生が描く『孤独』は、人とのつながりが緩い現代に通じるものがあるのだろうか。

「洪水の終り」

我汝等と契約を立ん総て肉なる者は
再び洪水に絶るることあらじ
又地を滅す洪水再びあらざるべし
――創世記――

その年、
私は中仏のP**大学で行われる西洋中世関係の夏期講座に参加するため、
7月初旬にはパリをたつことにしていた。
しかし私が明日にも出発できるようなときになって
東京から叔父がパリに到着するという報せを受け、
私のP**ゆきは1週間延ばさざるを得なかった。

本文 抜粋

オーステルリッツ駅で私のすぐ前をよろめきながら歩いている少女に出会う。
大して大きくもないトランクを持ち、2,3歩足をふみしめるが、またよろめく。
プラットフォームに倒れそうになった少女を反射的に支えた私は、自分の指定席に少女を座らせ、そしてその後、この少女もP**大学の講座に参加することを知る。

こういう風にして私はテレーズ・モロッカと知り合い、日々の講座を世界中から集まった仲間たちと、勉強やそれ以外の様々なことに時間を共に使い、楽しむことになる。

私は、テレーズの発作のようなものは、一時的なものと考えていたが、その後その私の考えが、とんでもない出来事を引き起こすことにも繋がったように思う。

私とテレーズは、遅れてきたにも拘らず、仲間とうまく打ち解けることが出来た。
背がすらりとした美人のマリアンヌは、ルイ・ロベールに恋をしていた。
ルイは兵役が近いことで何処かに暗いところがあった。

講座に参加する人たちは、男子は男子寮に、女子は女子寮に泊まるようになっていた。
その管理はきちんと引かれていて、厳しいものだったが、ルイとマリアンヌのことは、
教官たちに知られることはなかったようだ。

北イタリアの貴族のアルベルトは用心のために持たされた拳銃を持っていたし、ポーランドから来たスタニスラス兄妹や、ミラノ大学のブレネスキとかシカゴから来ている落ち着いたアン・ミラーとか、ジュリアン・ハスキアス嬢とか、その後も付き合いのある人たちもいた。

その後テレーズは、時々沈み込んでいるようなこともあったが、皆とも打ち解けているように見えた。
私はテレーズの故郷のポーランドの話を聞き、私は日本の話をテレーズにした。
日本のことをあまり知らなかったテレーズも、私のあげた北斎の赤富士の絵ハガキを大事にしていたようだ。

周りの人たちは、私がテレーズを愛していると思っていたようだ。
今から思うとその時の私のテレーズに対する感情は、愛おしさだったと思う。

私たちの間で一番泳ぎがうまかったのはギュンターだった。
クラン川に泳ぎに行った私たちに、ギュンターは足を引っ張ったり、ボートに水しぶきを上げたりした。
度が過ぎていたと言うべきだろうが、ギュンターはそのとき、テレーズの足を掴んで危なく溺れさすところだった。
その後、テレーズはギュンターに会うと彼を恐れて、ギュンターの姿を見るだけで身をひるがえして逃げるようになる。

そしてある日の嵐の夜の稲妻の中で、男子寮を歩くテレーズを私は目撃することになる。

翌日教官から、テレーズが門近くに倒れていたことを聞かされた私は、その後テレーズを避けるようになる。
といっても、それなりの関わりはしていた。

しかしその後、少しずつ、皆から距離を取るようになったテレーズは、具合の悪そうな状態になっていた。

ある時、私がギュンターから聞いた彼の身の上話は、戦争で疎開したシュワルツ・ワルト地方の話しだった。
6歳になったばかりの彼は、離婚した両親の元を離れて、体の悪い祖母の共に暮らしていた。
戦争末期のドイツは食料もなく、祖母の食べるものを求めて自転車で買い出しに出かけたという。
そして、ハンスという若い兵隊に色々と世話になったことや、そのハンスとも敗戦と共に別れたことなどを聞く。

反ドイツ思想は、皆の中に根強くあった。
『絶対ドイツ人と同席するのは嫌だ』というハスキアス嬢の両親はナチスに殺されていた。

夏期講座のスケジュールが終わりに近づき、私はテレーズと映画に行く。
そこで、再度発作に見舞われたテレーズを病院に連れていった私は、まだ事の重大さに気づいてなかった。
テレーズを、もう少し病院に残した方が良いという医師の意見にも関わらず退院したテレーズはそして残すところあと一夜のパーティで、事件を起こし、病院へと再び戻り治療をうけることになる。

そして、その後明るく明晰なテレーズを私は見ることはなかった。

テレーズの部屋の所持品の整理した私は、テレーズの私宛の書きかけの手紙を見つける。
その手紙には彼女の過去が記されていた。

彼女の父親は弁護士でドイツ軍からユダヤ人を守ったために両親ともに殺されたこと、そしてその後世界は灰色と黒で塗りつぶされて、不安と恐怖の世界に居てたこと。
その後パニックがおきて、とある精神科医の元で治療を受けることで、ようやく生き延びたことなどが記されていた。

戦争神経症という言葉がある。
戦争体験者が示す様々な症状を捉えて指す言葉だ。

第2次大戦のヨーロッパにもたらした心の傷は、恐ろしいものがあるようだ。

いつまでも消えぬ思いでとパニックは、その後の人生に大きな波紋を投げかける。

辻邦生の初期の作品として紹介されている「洪水の終り」をはじめ、この本に集められている文は、今読んでも心に深く訴えるものが多くある。

人間の心の脆さや弱さ、総てが破壊されるような極限の経験が、名も知れぬ一人の人生として書かれていて、決して今読んでも古さを感じさせない、そんな作品たちである。

(J)

「異邦にて」