hon20141119角田 光代 (かくた みつよ)

1967年神奈川県生まれ。
早稲田大学第一文学部卒業。
90年『幸福な遊戯』で第9回海燕新人文学賞、96年『まどろむ夜のUFO』で第18回野間文芸新人賞、98年『ぼくはきみのおにいちゃん』で第13回坪田譲治文学賞、『キッドナップ・ツアー』で99年第46回産経児童出版文化賞フジテレビ賞、2000年第22回路傍の石文学賞を受賞。
03年『空中庭園』で第3回婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で第132回直木賞、06年「ロック母」で第32回川端康成文学賞を受賞。
著書に『エコノミカル・パレス』『いつも旅の中』『八日目の蝉』など多数。

小夜子は専業主婦だ。
結婚と同時に仕事を辞めて、今は娘のあかりと公園めぐりをしている。
あかりは公園でも一人で遊ぶことが多い。
他の子どもはみんなだれかしらと遊んでいるのに
あかりは今日も一人で公園の砂場で砂を掘り返している。
あかりを産んで3年、乳幼児向けの雑誌を熟読し、その雑誌の指示通りの時間帯に公園に行き、指示通りの恰好をし、住んでいるマンションから一番近い公園に行ったりした。
多くの母親がそこにはいたが、微妙な派閥があることに気づき、年長の彼女は自分が「ちょっと異質な人」と見られていることも理解できた。

小夜子の住むマンションの近くには沢山の公園がある。
小夜子はしばらくその公園に行き、また別の公園に行く。
自分たちのような母娘のことを公園ジプシーと言うらしい。
居心地のいい公園を探しているだけなのだがと思いながら、
小夜子はあかりを連れて公園に行く。
あかりは小夜子に似ていた。
驚くほど似ている。
自分が働きに行き保育園に入れたら、あかりも公園ジプシーよりも友達ができるかもしれない。

小夜子は夫の修二に働きに行くことを言ったのは1か月ほど前の事だった。
義理の母に嫌味を言われるのは続いていたが、それでも小夜子は働くつもりで求人を調べて面接を受けていた。
働こうと決意したきっかけはささいなことだった。
1枚のブラウスが気に入り何気なく見た値段が高いか安いかがさっぱり分からなかったのである。
そもそもブラウスの相場とはどのくらいのものなのか?
わからないという事は思いのほかショックをうけた小夜子は公園ジプシーのことやら何やら、働けば解決できるように思えたからである。

楢橋葵は、『プラチナ・プラネット』という名の会社を経営していた。
『プラチナ・プラネット』の主な業務は旅行関係で、アジアを中心としたリゾート地の企画や手配をやっているが、旅行の便利屋のような仕事だ。
葵は大学を卒業して以来この仕事をやっていた。

その『プラチナ・プラネット』の面接を小夜子は受ける。
そして偶然にも、葵と同じ大学であることもあり採用されることとなる。
勢い込んで仕事を始める小夜子だったが、内容は本業ではなくハウス・クリーニング屋だ。

でも小夜子には、同じ年の葵と共に働くのも外食も久しぶりでワクワクする。

「アットホームサービス」の中里典子に掃除を仕込まれる。
ただ一途に身体を動かす。
容赦ない中里の声がする。
小夜子に仕事を教え込む。
公園の事や姑のことを考える暇はない。
ただ、目の前の汚れと格闘する。

結婚する女、しない女。
子どもを持つ女、持たない女。
多様な生き方のある現代を生きる女性の、様々な生き方と友情。
そして
亀裂や微妙ないじめ。

過去と現在を交差させながら描く文体は、先の展開を期待させて、捲るページや心をはやらせる。

心の襞を描く秀作である。

(J)

「対岸の彼女」