hon20150225北村 薫  (きたむら かおる)

昭和24(1949)年、
埼玉県生れ。
早稲田大学第一文学部卒業。
大学時代はミステリ・クラブに所属。
高校で教鞭を執りながら、昭和59年創元推理文庫版日本探偵小説全集を編集部と共同編集。
平成元(1989)年、「空飛ぶ馬」でデビュー。
平成3年、「夜の蝉」で日本推理作家協会賞、平成18年「ニッポン硬貨の謎」で本格ミステリ大賞評論賞、平成21年、「鷺と雪」で直木賞を受賞。
著作に<円紫さんと私>シリーズ、<覆面作家>シリーズ、<時と人>三部作など。
《本の達人》としても知られる。

夏のお休みも十日まで。
放蕩者がお金を使い尽くすように、たちまち過ぎてしまった。
休暇の終わりに後何日と指を折るのは、お財布に残った紙幣の数を、《もう二枚、ああ最後の一枚》と勘定するようなものかも知れない。

本文 抜粋

北村作品のベッキーシリーズとして知られる,作品「鷺と雪」は、昭和初期の上流社会を背景に、良家のお嬢さんである高校生の「わたし」こと花村英子が、彼女付の運転手であり、才色兼備な別宮みつ子ことベッキーさんと共に、活躍する物語である。

弓原の叔父の誘いで、英子は能の『鷺』を見る。

鷺は意のままに飛ぶ。
若い帝はそれを見て《いかに誰かある》と呼ぶ。
捕まえて来いと言う帝の言葉に、 捕えようとするが、 意のままに飛ぶ鷺はなかなか捕まらない。
帝の命令に恭順の意を示し、 帝に従った鷺は、 やがて自由に空を飛ぶ。

壮年のシテは直面で演じる。
直面とはお面をかぶらずに演じることである。
ところが、その日の『鷺』を演じた万三郎と役者は、何故か面をつけていた。

この異例の能舞台のあとの秋に、英子は叔父たちと能面展に出かける。
そこで出会ったのは学校で同じクラスの小松千枝子だった。
そして、会場で千枝子は倒れる。
倒れた千枝子の前に在ったのは、《今若》の若い男の面だった。

まるで、ドッペルゲンガーのような一枚の写真のことを、修学旅行から帰ってから、英子は千枝子さんから打ち明けられる。

千枝子さんの婚約者の淡路邦豊サマが、写真に写っていたのだ。
『離魂病』?
彼は写真を撮る数日前に台湾へと旅立っていた。
写るはずのない人が映っている1枚の写真が、そこにはあった。
能面展の《今若》の面が、まるでその写真に写っている者のように見えたのだと言う。

ベッキーさんと共にその謎を解いた英子だが、疑問は残る。
『なぜ、何のために?』

その翌年の2月にはいると、雪は舞うどころか交通が途絶するほどの大雪になった。
山村暮鳥の『聖三稜玻璃』には、
窃盗金魚
強盗喇叭
恐喝胡弓
賭博ねこ
という具合に、犯罪名とそれとは繋がりそうもなく、それでいて微妙に頷ける単語が続けられていた。
その一行に
騒擾ゆき
というのがあった。

寒さにやられたせいか英子はすっかり風邪をこじらせ、学校を休む。
山村暮鳥の本をくれた若月英明のことを思う。

丸1日寝て気分もだいぶ良くなったが、もう1日学校を休むことにしたその日、英子に届いた小包は本だった。
若月が3冊本を送ってくれたのだ。
退屈していた英子は本を読む。
そして若月のことを思う。
軍人である若月が本を整理するのはどんな時なのだろうか。

ましてや、陸軍学校を出たような選ばれた人とは違い、乏しいお金の中からやりくりして買った本かもしれない。
本のお礼に『時計』を送ることに決めた英子は、恥ずかしさもあって、一人で服部時計店に電話をかける。
そして回した電話に出た人は、何と若月だったのだ。
一番違いの電話番号を間違いは、総理官邸へとつながる。

大雪の昭和11年2月26日の事である。

北村かおる作品の『ターン』でも、時間と空間が〝くるりん”という呼び名で、実に効果的に使われている。
たった一人の人と、電話でしか今繋がれなくなった私の物語だが、今回も電話と時間が微妙に交差し、独特の雰囲気を醸し出す。

ベッキーさんとの謎解きも面白いが、書かれた文章が、その後の展開を導くところが、絶妙な文章になって、構成のうまさを引き立たせる。
『鷺』と『雪』も一つの隠喩・暗喩としての効果をうまく利用されている。
先を読み進む楽しさのある本だ。

(J)

「鷺と雪」