hon20150306角田 光代 (かくた・みつよ)

1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞してデビュー。
’96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、97年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、『キッズナップ・ツアー』で99年産経児童出版文化賞、2000年路傍の石文学賞、03年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、04年『対岸の彼女』で直木賞、06年「ロック母」で川端康成文学賞、07年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、11年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、12年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、14年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。

映画化もされているこの作品、誰にでも起こるかもしれない現実は、言い知れぬ恐怖と共に心の中に埋めこまれる。
わかば銀行の派遣社員で外回りを仕事としていた梅澤梨花は、約1億円を横領した。

美しいが目立つタイプではなく、真面目で正義感の強い彼女だった。
旧姓垣本梨花は、そんな印象を与える高校生だった。

家は裕福だ。
お金に困ったことはない。
ボランティアにも精を出しながら、普通の生活を送る。

梨花は短大を卒業後カード会社に就職し、二五歳のときに二歳年上の梅澤正文と結婚する。
カード会社で働いている間、この働く自分はほんの自分の一部だと感じていた。
いつしかその一部が、すっかり自分自身になってしまうのではないかと、漫然とした恐怖を感じていた。

結婚当初は家事をきちんとやり食事も丁寧に作っていた。
夫は優しい、これと言って不満はない。
ただ子どもができない。
結婚三年目に家を買う。
産婦人科にも通うが子どもはできない。

暇つぶしと気晴らしに料理教室にも通うが、ある時の正文の一言で、急速に気が重くなることがあって、それ以来、梨花の何かが確実に変わってしまった。
主婦の梨花もやはり、自分の一部でしかないと感じ始めるようになる。

銀行のパートに勤め始めた梨花は、指定された得意先をまわる。

仕事で受け持っていた高齢者たちは、梨花を気に入り、事務的な用件だけでなく世間話をすることを好んだ。
それでもやはり、銀行の人間だと言う線引きがあった。

梨花を気に入っている平林孝三もそんなうちの一人だった。
休日や仕事の退けた後の誘いもありながら、梨花は一度も応じなかった。
ある時平林の家に行った折に、彼の孫の大学生の光太と出会う。

演劇をしている光太は、金融ローンからお金を借りていた。
そのお金を返すようにと用立てたお金は、梨花を信用してお金の管理を任せている高齢者の人たちのモノだった。
すぐに返すつもりだった。

何が不満なのか、何を感じているのか、夫との関係に釈然としないものを感じ続ける梨花。
そして、平林光太との関係に次第にのめり込んでいく梨花。
そして、夫・正文の海外単身赴任。
光太に貢ぐようにお金を使い、自分のために服を買う。
家も借り、車も買う。

いつか返すつもりだったし、返せると思っていた。
一体どれ位なのかはわからないままに……。

お金はただの塊に過ぎなかった。
何でもできる気分だった。

銀行の調べがつく前に、
梨花はチェンマイに来た。
新聞で事件が発覚していることは知っていた。

そしてその時梨花は、自分の全てを知る。
ここに居る自分もまた自分であることを知る。

買い物に依存し、心の何かを埋める。
あまりのスリリングさにのめり込むように読む。
切実な心の動きを分かりやすい文章で書いているこの作品を、唸る思いで読む。

(J)

「紙の月」