hon20150709車谷 長吉 (くるまたに ちょうきち)

昭和20年、兵庫県飾磨市(現・姫路市)生まれ。
慶応義塾大学文学部卒業。
広告代理店、料理屋などで働きながら小説家を目指す。
平成5年『鑒壺の匙』で三島由紀夫賞と芸術選奨文部大臣新人賞、平成9年『漂流物』で平林たい子文学賞、平成10年『赤目48瀧心中未遂』で直木賞受賞。
平成13年には「武蔵丸」で川端康成文学賞を受賞した。
その他の著作に『文士の生魑魅(いきすだま)』『喪中』『世界一周恐怖航海記』などがある。

私こと「木島与一」は、一度はサラリーマンを捨て、無一文でふろしき一つで世を送った。
再度、職を得てサラリーマンの身になったが、虚血性心疾患の発作に見舞われ、医者の処方する薬なしでは日々を送ることのできない生活を送るようになる。
そんな木島が若い頃に過ごした阪神尼崎での出来事が、この本の話しの中心となる。

サラリーマンを辞め、お金も無くなり、人のつてで降り立った『温度のない町・アマ』の駅で、彼は一人の男に出会う。
「火っ貸してくれへんか。」という彼は、一目で普通の世過ぎをしている男ではなかった。

紹介された店で、職として得たのは焼き鳥の生肉を串にを指す仕事だ。
一本3円の「しょうもない」仕事を、わずかのお金で雇われ、木造の2階の、酷い匂いと酷暑の中で、日々の生活をするようになる。

そこで出会ったのが火を貸した男の情人で、ぞくっとするような美しい女性であった。
焼き鳥屋の女主人は彼女のことを「朝鮮人やで」と告げる。
目を逸らそうとしても勝手に目が彼女の方を向く。
アヤ子さんに心を奪われた木島は、彫り物師の情人と知りながら。
そして彼は、この「アマ」での生活を送ることになる。

流れ人の掃寄せ場で、ヤクザな連中が昼間からごろごろしていて、夜には「辻姫」が町角に立つ。
自己処罰のような生活を送る「私」は、『あんたには似合わない』と言われながらも、ただひたすら串に肉を指す。

心惹かれるアヤ子さんが、実の兄の借金のかたに、九州に売られると聞かされて、『一緒の死んで欲しい』と言われるがままに、心中を決意した「私」は、アヤ子さんと共に、死に場所として選んだ赤目四十八瀧へと向かう。

一緒に逃げるといっても、二人は、はじめから住む世界が違う。
「私」は、どんなに身を落としたといってもしょせんは、インテリの他所者である。
〝どん底”に生きる人間たちの観察者でしかなかった私は、私の落胆趣味と本物の落胆の違いをそこでまざまざと経験することになる。

ふりをすることとそう生きることの違いを、ぎりぎりの地点で観る。
心揺さぶる生き様でもありながらも、やはり覚悟だけではどうすることも出来ないこともあるのだろう。

「木島」の住む木造の二階の部屋の悪臭が、奇妙な快感と共に私のなかにも漂ってくるように思えた。

小説の面白さは、経験したことのない世界に、ほんの少し、空想と共に参加することでもあるのだろうと思う。
面白く読ませる話だった。

(J)

「赤目四十八瀧心中未遂」