hon20160206小田 雅久仁  oda masakuni

1974(昭和49)年、宮城県仙台市生れ。
関西大学法学部政治学科卒業。
2009(平成21)年、『増大派に告ぐ』で
日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、
デビュー。
’13年、『本にだって雄と雌があります』で
Twitter文学賞受賞(国内部門)。
現在、大阪府豊中市在住。

 

さらにヴェスパシアーノは意外な方向に勉強の成果を発揮した。
東南アジアはボルネオ島の北部にキナバルという名の標高四一〇一メートルにもなる不思議な山がある。
そのごつごつした山容はさながら悪魔の巣くう禍まがしい城塞のようであるが、地元のドゥスン族は先祖の霊が住まう場所だと信じていて、その名はドゥスン語のアキ・ナパルすなわち「死者の聖なる地」に由来するらしい。
しかしそんなことはだいたいにおいてどうでもよく、実はそのキナパル山の荒涼とした山頂付近には生きた人間が入ることもトイレを借りることも見ることもできない巨大な純白の建造物が建っていて、その名を「ラディナヘラ幻想図書館」という。
中国は唐の天才詩人である李賀が臨終の際、その枕頭に天帝の使者が現れて、「天帝の白玉楼成る、君を召してその記を作らしむ」と告げた、という故事があるが、文人墨客が死後に行くと言われる。
その白玉楼こそがラディナヘラ幻想図書館のことであるらしい。
そこには、人類が文字を発明して以来、粘土板やパピルスの巻子本に始まって現代の紙の冊子本に至るまで、人の手によって書き記されてきたあるとあらゆる書物、
いや、
人の手によらない書物までをも含め、数千億点が収蔵されており、今もなお増えつづけている。
というのも、書物と図書館の守護神である白い象アヘラたちが、強烈な魔力を秘めたその鼻の吸引力によって世界中から書物を呼びよせているからである。

本文 抜粋

小学校4年生の夏に、母親の病気で母方の祖父母の深井輿次郎・ミキ(幹)の家に預けられた、土井博は、祖父の定めた掟『書物の位置を変えるべからず」を破った。
その翌日の朝、博は信じられない光景に出くわすことになる。
なんと、本が鳥のようにばたばたと部屋を飛んでいるではないか。

祖父である輿次郎から『幻書と呼ばれる本は本と本との間に生まれ、未来の事や人には決して語らぬ過去のことや、様々な事が記されている。』
ということを知る。
また、本には雄と雌があり、それぞれの本にも相性があると。

新たに産声を上げた書物は特殊な蔵書印を押されることによって持ち主の言葉に従うようになるそうだ。
その蔵書印は象牙から掘り出されたものだが、ボルネオ島の真っ白な象のものでなくてはならず、その像は脚が6本あり翼をもつという。
その長い鼻は地球の裏側からでも本を吸い込んでしまうのだそうだ。

祖母のミキは幻想的な絵を描く画家だった。
ミキは芸術ぶったところがまったくなかった。
それどころか芸術などという言葉が生まれる遥か昔から、洞窟に壁画を描いてきたような、そんな古いもののように見える人だった。

遠い昔から、本を読むことを好み、家じゅうに諸本が所狭しと置かれていた祖父たちの家で、博は、幻書にまつわる色々な体験をすることになる。
輿次郎とミキの出会いにまつわる話、決して語られなかった輿次郎のボルネオでの戦争体験のこと、自分の未来の事や、歴史上の人物にまつわる不思議な話。
祖父・輿次郎の事故死に絡んで、果てしなく繰り広げられる世界は、やがて、博自身の未来をも見せていくようになる。

壮大なファンタジーの世界は、エンデの「ネバーエンディングストーリー」や、ルイスの「ナルニア国物語」のように、ファンタジーと現実が織りなす不思議の世界とも通じる何かがあるように思う。

関西弁特有の言葉使いが語りとなり、面白おかしく繰り広げられる。
讀みながら頷きながら、笑いながらも深い心のレベルで、何かが変わる。

そんな気分にさせてくれる、秀作であった。

(J)

「本にだって雄と雌があります」