hon20161105

中 勘助 (なか かんすけ)
1885(明治18)~1965(昭和40)年
東京都生まれ。作家・詩人。第1高等学校から東京帝国大学(現東京大学)英文科卒。
独特の作風に価値を見いだした夏目漱石から注目・推薦を受け、『銀の匙』は世に出る。世間一般向きの雑誌や新聞にはほとんど執筆しない稀有な作家できわめて独創的な芸術家であった。文壇政治から常に距離をおき、派閥にとらわれずに、おのれの眼で見て感じたものを作品に書いた。

なかなか開かなかった古い茶箪笥の抽匣(ひきだし)から見つけた小さい頃の思い出の品は、銀の匙。
叔母さんの限りない愛情が込められた品物だった。生まる時に難産で、生まれてからもひ弱な子供だった「私」の、子どもの頃の思い出を、子どもの目線で描く作品「銀の匙」は、誰もが持つ幼い頃のきめ細やかな感情や出来事を記す。大人の眼視線でなく、あざやかな子どもの世界だ。
どこか人間嫌いかなと思うような筆者が、叔母の愛情を一身に受けて、その背中で育ち、近所の子供からいじめられた話や、養生のために空気のよい田舎に引っ越し、一年を通じて繰り広げられる自然と触れ合う。人中では口がきけず何か欲しいものは叔母の袂を掴んだまま立ち止まると、叔母が心得てあれかこれかと尋ねて恥ずかしそうにしていた。また、どこからか叔母が見つけてきた「私」とおなじように体の弱いお国ちゃんが初めてのお友達であった。泥いじりや抜けた歯で笑ったり、少し意地の悪いお峰ちゃんのことなど、当時の子どもの屈託ない遊びが描かれている。お国ちゃんと遊びたくて小学校へ行かないと言いはったことや、そのお国ちゃんが引っ越したこと。尋常一年で、同じ一年でも年弱な者や頭の悪い者が入る乙の級で、勉強ができず、それでも何とも思わず過ごしていた時のことや、お蕙ちゃんと言う名のばっちりした眼とまっ黒な髪をもち気性のませた意地悪なしのぼんやりとした年弱に女王のようにふるまう女の子と出会い。学校から帰ると机のまえに座らされて勉強をするつらさは格別だったが、やがて薄紙をはがすように勉強が少しづつわかるようになり、終いには自信も出てきて興味もわき自分から勉強をするようになったりしたようだ。学校の先生との気の合わない対立や、孤立しながらも自分の意思をつらぬいた、そんなエピソード話が続く。

長男の兄とは気が合わず、兄の趣味の釣にイヤイヤつき合って不愉快な思いをしたことや、その兄とのある出来事が、2人の間の決定的な心の別れをもたらしたこととか、坦々と、しかも子どもらしさあふれる日常が書かれている。

『そうだったなあ!』と自分の小さい頃を思い出しながら、懐かしくもあり、興味深くもある一冊だった。

(J)

「銀の匙」