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萩原 浩  おぎわら ひろし

1956年埼玉県生まれ。成城大学卒業。広告会社勤務を経て、コピーライターとして独立。97年『オロロ畑でつかまえて』で第10回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。2005年『明日の記憶』で第18回山本周五郎賞、2014年『二千七百の夏と冬』で第5回山田風太郎賞を受賞する。『誘惑ラプソディ』『母恋旅鳥』『神様からひと言』『四度目の氷河期』『冷蔵庫を抱きしめて』など著書多数。

2001年9月12日午前10時、尾島健太は、台風が通過たものの、依然として高波の注意の必要な海岸に、サーフィンボードをするために来た。
バイト先の店長のヤマグチと喧嘩をして、バイトをやめた。ねちねちねちくどくどくど、何時までもうるさいヤマグチの頭の上でウーロン・ハイのジョッキを逆さにした。去年高校を卒業して、進学も就職もしなかった健太にとって、夜のバイトは親に対する唯一の言いわけだった。タダでしか文句しかいわない親父が、さらに口うるさくなった。サーフィンはただの趣味だが、コンピューターのゲームは将来を考えてやっている。
誰も俺をわかっちゃくれない。バイト先で知り合ったミナミは一つ年下の18歳。つき合い始めて、もう一年になる。外見は特別好みじゃなかったし、健太より高いかもしれないぐらい背丈も合わない。でもミナミとは、最初に会った時から、ずっと前から知っているみたいに気持ちが通じあえた。
その日の台風で海の波は高い。健太は波にさらわれて気がつくと海の中にいた。もがいてもどうしても動けない。気が遠くなる。

1944年9月12日、石庭 吾一は、帝国海軍飛行術の特攻隊員だ。彼は、この日、初めて一人で特攻の訓練として空を飛んだ。その訓練中に雷雲に突っ込んでしまい墜落する。目覚めた彼は自分が病院にいることに気づく。見掛けは東洋風の医者や看護師だが、実は敵国の捕虜になったのではないか。窓から見える景色は、コンクリートばかりの建築物だ。そのうちの一つに「M」という大きな一文字が書かれている。今は敵性語が禁止されているこの時代だ。「まくどなーど」。別の巨大な建物には英文字で「Daiei」。「イングランドフェア開催中」とある。大英帝国軍だ。どうにかしてここを抜け出さなくてはと思い、脱走を試みるがうまくいかない。

この日、尾島健太と石庭吾一は入れ代わった。
健太は、始めは自分が昭和19年に居る設定のどっきりだと思っていた。思いたかった。テレビに映るならかっこよく映りたい。自分を助けてくれたキヨ婆さんや文子さんは女優だ。文子さんはどうりで美しい。しかも迫真の演技だ。うまい。しかし、何かがおかしい。B29の空襲で爆撃を受けて、始めて健太は自分が戦時中の昭和19年に居ることを認めざるを得なくなる。ミナミの所に帰りたい。健太は脱走したと思われている石庭として海軍に戻される。

吾一は、健太の両親に引き取られた。そして自分が2001年にいること、そして日本が昭和20年8月15日に敗戦することを知る。携帯電話やテレビやホコリっぽい風景。ミナミとともに歩く渋谷の雑踏も、チンして出されるご飯。物と欲と音と光と色に溢れるこの時代。謙虚さも羞恥も規範も安息もない。「これが、自分たちが命を捨てて守ろうとしている国の50年後の姿なのか?」。どうにかして元の時代にもどらなければならない。でもどうやって・・・。
二人の見掛けは双子のように似ていた。好みも似通っていた。

周囲は二人を、一時的な記憶喪失として扱った。二人は自分のおかれた環境にどうにかして馴染もうとするする。
健太は野球のバットほどの大きさの「海軍精神注入棒」で立てないほど殴られる。皆が同じだ。気合を入れるという「リンチ」は日常的なものだった。お国のために死んでいく。皆がそう思っていた。まるでサバイバル生活だ。
吾一は、元の世界に戻ったときのために運動は欠かさない。規律ある生活も必要だ。19年から以降の日本はどうなっていったのか。歴史を調べ、墓に参る。どうやら自分は昭和19年ではなく、昭和20年に死んだようだ。そのとき、自分と健太が入れ代わったときことを確信する。

過去を知る者と、未来を知った者が、それぞれの目を通じてその時代を見る。ばかばかしいと思いながらも、次第にその時代に馴染んでいく健太と、堕落した祖国の姿を嘆きつつ、健太の恋人ミナミ惹かれていく吾一。

入れ代わったまま、終戦の昭和20年を迎えた二人は、もう一度もとに世界に戻れるのだろうか。

直木賞受賞作品『僕たちの戦争』は、秀作だ。
無理なく今の時代を考えると同時に、戦争という視点から様々なものを見させてくれる。日常は当たり前のものとして受けとめ受け入れているが、でも本当に当たり前なのだろうか。もし、《自分が違う時代にタイムスリップしたら、その世界で自分はどんな風に感じ考えるのだろう。》
そんな答えのない質問を考えた。

(J)

 

「僕たちの戦争」