hon20160831ティムール・ヴェルメシュ 著  森内 薫 訳

ティムール・ヴェルメシュ
1967年、ドイツのニュルンベルクに生まれる。エルランゲル大学で歴史と政治を学ぶ。
ジャーナリストとしてタブロイド紙の〈アーベントツァイトゥング〉紙、〈ケルナーエクスプレス〉紙のほか、〈シェイプ〉誌など複数の雑誌でも活躍。

森内 薫
翻訳家。上智大学外国語学部フランス語学科卒。
2002年から6年間ドイツ在住。おもな訳書に、ムーティエ『ドイツ国防軍兵士たちの100通の手紙』、ブラウン『ヒトラーのオリンピックに挑んだ若者たち』、フォックス『脳科学は人格を変えられるか?』など。

 

2011年8月30日、
ヒトラーは目が覚めた。
午後の早い時間で、がらんとした空き地に彼は横たわっていた。
『昨日の晩、一体自分は何をしていた?』
総統は、当然だが、野営はしない。
酒を飲み過ぎたはずはない。ふだんからアルコールは口にしない。
体を起こして足や手を指を動かすがどこにも傷はないし、持病の手の震えさえもおさまっていた。

ベルリンで目覚めたヒトラーは、
『おたくはアドルフ・ヒトラーに見えるよ』というキオスクの店主からいろいろな事情を聴くことになる。
今は2011年だということや、この世界はヒトラーにとって目新しいものであり、
この世界にとってヒトラー自身が奇妙な存在であること。
また、ヒトラーが目覚めたときに着ていたガソリン臭い制服はクリーニングに出さなくてはいけないこととか・・・。
ヒトラーをコメディアンだと誤解した店主、親切に彼の面倒を見てくれることになる。
店主の知り合いの人に紹介されたヒトラーは、
コメディアンとしてフラッシュライト社で働くことになる。
ヒトラーは演説は得意中の得意だ。人のこころを掴んで離さない。
テレビに出演したヒトラーは、主演者そっちのけで評判をとることになる。
部屋も貰う。
顔色の悪い化粧をした秘書もつく。秘書のクレマイヤーは優秀な女性だった。
ヒトラーにインターネットの使い方を教えたり、メールのことや携帯電話も使えるようにする。

そして、ヒトラーの思惑通りに事は進んで行くことになる。
そういつか以前のようになることを目指して・・・。

ヒトラーが総統として君臨していた1940年代のドイツは、
人口が増加しつつある時代だった。このまま人口が増えればやがては食べ物が不足する。
それを解決するためには強いドイツを作る必要があった。

『ホロコースト』でユダヤ人を大量虐殺したことであまりに有名なヒトラーとは、いったいどんな人だったのか。
犬を愛し、自身の目的のために結婚もしなかった。
コーヒーも酒もほとんど飲まず、菜食主義だったという。
子どもが好きで、自分を育てた母の写真を死ぬ時まで大切にし、そして、愛した・・・。

現代によみがえり、今の世界を彼の見方や彼の意味で捉えたその言葉は、
ブラックユーモアとして捉えながらも、今の世界のある部分を映しだしている不思議な言葉になっている。
いつしかヒトラーの立場に立って人々を見ている自分がいて、
これこそがヒトラーという人物の特徴なんだと頷いた。

演説や人の心を掴むのを得意としたヒトラーは、
その話術や自分自身への限りない自信のもと、
かつてのヒトラーの世界を作り出したのだろう。頷ける気がした。

(J)

 

 

 

 

「帰ってきたヒトラー」