jurinburogu201608061

サミュエル・ベケット
安堂 信也 / 高橋 康也 訳

サミュエル・ベケット   ( Samuel Beckett   1906~1989)
アイルランド出身の劇作家・小説家。
1927年、ダブリンのトリニティ・カレッジを首席で卒業。
28年にパリ高等師範学校に英語講師として赴任し、ジェイムズ・ジェイスと知り合う。
うつ病治療のためロンドンの精神病院に通うが、
37年の終わりにパリに移住し、マルセル・デュシャンと出会う。
ナチス占領下には、英国特殊作戦執行部の一員としてレジスタンス運動に参加。
『モロイ』『マロウンは死ぬ』『名づけられぬもの』の小説三部作を手がけるかたわら、
52年には『ゴトーを待ちながら』を刊行(53年に初演)。
ヌーヴォー・ロマンの先駆者、アンチ・テアトルの旗手として活躍し、
69年にノーベル文学賞を受賞。
ポストモダンな孤独とブラックユーモアを追求しつづけ、
70年代にはポール・オースターとも交流。
晩年まで、ミニマル・ミュージックさながらの書法で、
ラジオ・テレビドラマなど数多く執筆している。

 

全二幕の戯曲。

第一幕では、
田舎の道で一本の木、夕暮れ時、エストラゴンとヴラジーミルが登場する。
彼らはいつか来る『ゴトー』を待っている。
昨日も待っていたらしい。が、良くは分からない。
エストラゴンは足の痛さを抱え、ヴラジーミルは前立腺に痛みを抱えている。
二人は泥棒だ。
そういえば、救世主イエスは二人の泥棒とともに殺された。
1人は助かり、もう一人は地獄へ落ちたようだ。
そこに召使のラッキーを引き連れた暴君・ポッツォが現われる。
ラッキーは首から縄をかけられてポッツォの荷物を持っている。
今から役立たずの召使のラッキーを市場で売りに行くようだ。
ラッキーは必至で荷物を持つ。
売られないように必死で荷物を持つ。寝ながら荷物を持つ。
エストラゴンとヴラジーミル、そしてポッツォのおしゃべりが始める。
また、ラッキーの思考が始める。

そして、二人が去った後、
使者の少年により、ゴトーは今日は来ないと告げられる。

第二幕では、
市場でラッキーは売れず、
しかも盲目になったポッツォはエストラゴンとヴラジーミルと再会する。
盲目のポッツォを助けた二人は、
再びおしゃべりを始まる。
ポッツォとラッキーの二人が去った後、
使者の少年により、ゴトーは今日も来ないと告げられる。

『ゴトー』とは『ゴッド』のことのようだ。
神は死んだと言いながら、神が来るのをひたすら待つ。
救世主を待つ二人は、舞台上の木に首を吊り下げようかと思案する。
何処かに行こうかと言いながらも、どこにも行こうとはしない。
昔を懐かしみながらも、決して今は悪くないともいう。
体の痛みは絶えずあり、ボロボロの衣服に身を包みながらも、
ラテン語を理解し、話すかもしれない。

セリフは矛盾し、ダブルバインド的に言葉は語られる。
何とも不思議な世界へと誘われながら、
そして、首を傾げながら、
「不条理演劇」の傑作といわれるこの「ゴトーを待ちながら」を読む。

(J)

「ゴドーを待ちながら」