jurinburogu201606291

ディーノ・ブッツァーティ 作

脇 巧 訳

 

ディーノ・ブッツァーティ (1906~1972年)
1906年10月16日生まれ。北イタリアのヴェネト州ベッルーシ生まれ。
イタリアの旧家に生まれ、ミラノ大学を卒業する。新聞社コッリエーレ・ディラ・セーラ紙に入社する。
勤務のかたわら、創作活動を開始し、
特派員として近東各地へ取材したりするが、
生涯をミラノで過ごす。
1940年6月9日に『タタール人の砂漠』がリッツォーリ社から出版される。
その翌日、イタリアは第二次大戦に参戦する。
最初『砦』という名の題名がつけられていたが、
戦意高揚的な気分のなかで、題名から戦争を誤解されるのを恐れて、
『タタールの砂漠』と解題する。

 

20世紀幻想文学の古典と言われる作品である。

主人公の名前は将校ジョヴァンニ・ドローゴ。

何年も待ち焦がれた将校になり、もう書物に悩まされることもない。

最初の任地バスティアーニ砦だった。

士官学校から2年の任務で配属された辺境のバスティアーニ砦はいつ敵が来襲するかもわからない。

ドローゴは期待に胸を弾ませながら任地に赴く。

だが、バスティアーニ砦は二級の砦で無用の国境線にあった。

前には石ころと乾いた大地の大きな砂漠があるだけだ。

人びとはその砂漠をタタール人の砂漠と呼び、いつ来るか分からない敵を待っていた。

『引き返そう。生まれ故郷の町に、昔の習慣にもどろう。』

そう決心したドローゴは着いて間もなくこの砦から出て行くように手配をするが、なぜかうまくいかない。

不安は残ったが、何とかなるとも思えた。『2年間だけだ。』と決意し、ドローゴはこの砦に残る。

決まりきった毎日の生活が始まる。

敵が来るかもしれない北を見る。砂漠はいつも同じ風景を見せる。

それでもいつかは敵が押し寄せるかもしれない。ただそれを期待して城壁から外を見る。

孤独で単調な日々が続く。ただむなしく時が流れる。

2年過ぎ、4年経つ。

町に休暇で帰るが、かつての友人はそれぞれ忙しい。かつての恋人も以前のように気持ちが向かない。

ドローゴは砦に帰ってまた敵を待つ。

何年も何年も敵を待つ。いつか来るかもしれない敵を待つ。

そして、15年が過ぎ、まだ敵を待つ。

幻想的な作風でカフカの再来と称された鬼才ブッツァーティの代表作。

いつ来るかわからぬ敵を待ち宙吊りになったまま、、期待と不安と焦燥のむなしい人生という時を過ごすドローゴ。

死こそは誰にも必ず訪れる未知のものであり最後にくるものでもある。

本当にやって来た北の王国からの敵が来たとき、

ドローゴは、わびしい旅籠で死を迎えようとしていた。

病から来る、宿命的な死との出会いで始めて不条理や苦しみからの解放があるかもしれないと気づいたドローゴにとって、

敵の襲撃は、どんな価値があったのだろう。

(J)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タタール人の砂漠」