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莫言 (ばくげん)

1955年、中国山東省生まれ。人民解放軍入隊後、執筆活動を開始。1987年に発表した本作『紅高粱家族』は内外の文壇で高く評価された。現代中国文学の到達点を象徴する作家である。2012年にノーベル文学賞を受賞。
邦訳された作品に『酒国』「豊乳肥臀』『白檀の刑』などがある。

井口 晃 (いのぐち あきら)

福岡生まれ。中央大学名誉教授。

 

映画『紅いコーリャン』がベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した。本書「赤い高粱」「続紅い高粱」の発表された翌年のことである。

東北郷の盗賊の首領で、元盗賊を中心に組織された抗日ゲリラ隊の指令者で、「わたし」の祖父でもある、余占甕(ユィ・チャンアオ)と、
その祖父と行動を共にする「わたし」の父である豆官(トウクァン)。
そして豆官の母であり、才色兼備な戴鳳蓮(タイ・フォンリエン)。
この三人を取り巻く人々の様々な生き様でもあり、歴史でもあり、物語である。

強烈と感じる描写の多いこの作品は、
1939年旧暦8月9日の侵略者日本人襲撃の話から始まる。

当時の中国東北省の主食でもあり、
実ると赤い高粱は、戴鳳蓮(タイ・フォンリエン)の嫁ぎ先でもあった酒造の原材料でもあった。
その高粱畑の中、高粱と同じような赤い血が大地に流れ、多くの人びとの墓となる。

侵略人としての日本人は、容赦なく中国人を殺す。
次々と略奪され、明日は我が身となった村で迎え撃つ村人たち。
そして余占甕や豆官も戦う。
闘わなくても明日はない。戦争の日々に明日はない。
村人達とともに戦う余占甕と豆官の二人はやがてゲリラ戦の勇者となっていく。

“幻惑的リアリズムによって、民話、歴史、現代を融合させた作品”として紹介されているこの『紅い高粱』『続 紅い高粱』は、
史実としての戦いを忠実に描くことをしているわけではない。

日本人と戦うために必要な武器を手に入れるために、
本来ならともに戦うべき人々がお互いに戦う。
武器がなければどうにもならないし、一つでも多くの武器があれば有利に働く。

そして、
もと戴鳳蓮の小間使いであり、余占甕の愛人であった恋児は、
日本人に殺されるが、死んでもなお生きて、罵声を浴びせかけ続けて、呪術師のお祓いでようやく命を全うするし、
人肉の味を覚えた野良犬たちは、
群れを組んで人を襲うようになる。

 

時代に生き、時代に流される。
そんな野性的で奔放ともいえる人びとの生き様は、
戦いという時代ゆえのものかもしれないが、
人間という生き物の苦しく、もの悲しいまでの、理性を捨てた生がそこにはあった。

(J)

 

 

 

「赤い高粱」「続 赤い高粱」